(村長雑感)男の料理


  

  


新型コロナ感染拡大防止のため,呉フォーク村活動を2月末以降ずっと自粛しており,当たり前ですが,ホ
ームペ ージの活動日記更新もしておりません。

呉フォーク村活動の再開は未だ見通せませんが,活動日記を待ちわびている方のために戯言雑感を書きま
した。

ちょっとだけ時間つぶしにどうぞ〜

(村長雑感)

 「男の料理」

男の料理!なんて,得意げに言えるようなことではありませんが,事情あって2か月ほど前から料理にはま
ってます。

いや,はまってるという程,夢中になったわけではなく,どちらかというと使命感・義務感に駆られて,無我夢
中で料理に没頭したという感覚かな。


ご存知の方もおられるともいますが,連れ合いのトロロが夫婦の日2月2日に左手首を負傷したため,当分
左手は三角巾生活になってしまいました。

そのため,いつもやってくれてる料理作りはもちろんのこと,様々な日常生活に支障が出てしまい,どうした
もんじゃろと,あれこれと思案。

とりあえず日々の食事について,さすがに毎日コンビニ弁当などの「てんやもん」じゃまずいでしょうと,しか
らば料理にでもチャレンジしてみようかと一大決心した次第。


1月中旬までは三女が同居していたので,料理人としては足手まといの自分が出る幕はないのですが,そ
の三女も新居が見つかったため,1月中旬の3連休に引越しした。

私が,インフルで寝込んでいるときです。。。

なので,その後は実質トロ口と二人暮らしが始まり,しかもウィークデイは単身赴任しているため,ほとんど
一人暮らし。

娘たちも色々と協力してくれますが,それぞれ家庭を持っていることもあり,いつもいつも助けてもらうわけに
もいかず,トロロも気が引けるみたいで。

だからといって,簡単に料理すると意気込んでも,まったく素質ゼ口。
アドリブでギター弾き語るって感じとは違うわな(笑)

これまで,料理するチャンスは何度かあった。
神戸の大学に行く ため下宿生活を始めた18歳。
一応,自炊する気満々で,食器,炊飯器,フライパン,鍋,調味料などを親に準備して もらい,下宿生活を
始めた。

最初のーか月,いや二週間ほどかな?
野菜を適当に妙めたり,適当に肉を買って焼いたり,ラーメン作ったり,友達と一緒に鍋パーティーしたり。
いろいろと試行錯誤,見よう見まねの自炊生活。


ただ,後片付けが苦手で,使いっぱなしの皿や茶碗が炊事場にたまり,下宿の大家さんに叱られたり,時
には洗ってくださってたり。


そんなこんなで,次第に料理するのが億劫になり,気が付いたら,ほとんど毎日学食でタ飯食べるようにな
ってた。

下宿から大学が近かったので,タ飯食べるためだけに大学に行く日もあった。
学食は安いもんね(笑)

そんなわけで,ほんとにお金に困って外食を控えないといけない時に自炊する程度で(といっても,ラーメン
茄でたり,米炊いて缶詰おかずに食べたりするだけ),食材買って料理したなんてことは,ほとんど記憶か
ら消えてるね。


大学を卒業して、社会人になり,寮生活を始めたけど,幸運なことに寮に食堂があったので,ほぼ毎日寮食
生活。

まるも一緒だった(笑)

24歳で結婚した後は,もちろん日々トロ口の料理。
44歳から3年間,初めての単身赴任生活を倉敷市で始めましたが,これまた一度たりとも自炊したことが
なく,日々外食かてんやもん。

一応単身寮には電磁調理器が備え付けられてましたが, スイッチを入れたことがない(笑)
お湯はポットで沸かしてたからね。

そして,3年前の53歳になる年、廿日市への転勤で,またまた単身赴任生活が始まりましたが,これまた
倉敷時代と同じで,いやいや倉敷以上に外食(どちらかというと飲み会)が多くなりましてね。

この単身寮でも,倉敷の単身寮と同様に,電磁調理器のスイッチ入れたことなし!

そんな料理を敬遠してきたわたくしですが,今年は意を決したね。

実は,いつの頃だろうか,一時だけ料理にはまりかけた頃があった。
そのこと自体も忘れてたけどね。
何が気きっかけで,料理を始めたのかは全く思い出せませんが,確かに自分の字(時々長女の字)でレシ
ピや調理方法を書いたマイノートが見つかった。

長女に聞くと,なんとなく覚えていた。
半年も続かなかったんじゃない?(笑)

おそらく,長女と次女が入ってたテニスサークルをやめた頃かな。
あのころは,毎週テニスサークルのために週末の時間を費やしてた気がする。
自分自身の体力も落ちてきて,若いころからずっと続けてきた野球や娘たちが通う小学校のPTAソフトもや
めた後の頃で,音楽活動は月1回あるかないか程度だったかな。

もちろん,呉フォーク村活動を始める前の頃。
ノートに年月を記載していなかったので,いつの頃か正確に思い出せませんが,おそらくはその頃で,週末
自宅にいる時間が多くなり,ちょっと料理でもかじってみようかなと思い立ったのかもしれない。


ただ,自分で書いたノートなのだけれども,どのページを読み返しても,まったく思い出せない。
調理したこと自体も思い出せない。
キッチンに立って,エプロン付けて、家族でワイワイガヤガヤ料理したことは覚えているのだが,何を作った
のかをノートを読み返してみても全く思い出せない。

おそらく,一回ずつしか作っていないからなのかもしれない。

今回,せっかくそのノートを見つけたので,それを見ながら再チャレンジしてみようかと思いましたが,読んで
もどう取り掛かればよいのかさっぱりわからない。

ノートを作った意味が全くないね。

というわけで,改めてゼロからトロロに教えてもらいながら,自分の趣味・興味という位置づけではなく,人の
ため,家族のために,本気で料理をしてみることにしました。

トロロの怪我は大変な惨事だけれども,料理を始められるチャンスをもらえたと,前向きにとらえることにし
た。

さらには,新型コロナウィルスの関連で,何もかもが自粛ムードになり,それこそ頻繁にあった夜の懇親会
はすべて中止になったため,夜は可能な限り単身寮ではなく自宅に帰って,料理はもとよりトロロの生活支
援に費やすことにした。


トロロが怪我をしたこと,夜の懇親会ができないこと,呉フォーク村活動を自粛せざるを得ないこと,不要不
急の外出を避けること。

どれもこれも暗く重たくテンションの上がらない,マイナス感だらけの状況ですが,ぐっと我慢して何とか気持
ちを前向き上向きにしたいものですし,自分にとっては,このタイミングだからこそ,人のために料理を作る
という計り知れない聖域に踏み込めるチャンスをもらえたものと受け止め,「男の料理」修業中です。

すでに2回ほど指を切っちゃいましたが、、、

お世辞とはわかってはいるけれど,「美味しいっ!」 って食べてくれることに,喜びを感じます。
トロロだけでなく,娘夫婦たちが集まっての食事会で,何品かお披露目させていただきましたが,これまた
義父への社交辞令か,美味しい美味しいってお代わりまでしてくれた。

孫まで「う まいっ!」って言ってくれる。
三女なんてのは,家でのタ食にしようと,タッパーなどに入れて持ち帰ったりするし。
逆やろ〜!!(笑)

てなわけで,品数は少ないですが,同じ料理を何度も作ることで,徐々に要領をつかみはじめたかな。
みなさんにご馳走できる代物ではありませんが,画像だけでも味わってください。




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